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創作日記・日々の記録

FF8リマスター 20年経ってラグナの気持ちとEyes on Meが分かるようになった

前回のブログからFF8リマスターがやめられなくなってしまい、今日までにエスタ編まで一気に進んでしまった。

3倍速で、ノーエンカウント、バトルもほぼ無敵状態なので、進み具合が早い早い!

シュミ族やウィンヒルのイベントも網羅しつつ、懐かしさを噛み締めながら、ラグナとスコール達の対面シーンまで辿り着いた。

 

発売当初には17歳のスコールよりも若かったこともあって、スコールと仲間達の視点で物語を見るのがやっとだったけど、今はラグナ目線でストーリーを追うことが出来るようになっていた。

 

 

憧れのジュリアと離れ離れにされた悔しさ・諦め、レインとエルオーネとの幸せな日々と別れによる苦悩・後悔、生き別れとなっていた息子スコールとの対面。

彼の明るさの中にある秘めた悲しさや細かい感情が伝わってくるのだ。

そして主題歌「Eyes On Me」フェイ・ウォンの歌声と歌詞を見ると、ジュリアが本当にラグナのことが大好きだったというのが驚くほど伝わってきて、こちらまで温かい気持ちになってくる。けれど、その想いが成就することはなかったというのが切なすぎた。

”バーの片隅で〜”という場面とともに出てくるタイトルでもある「私を見つめる瞳」という歌詞など、その描写一つ一つが"ラグナそのもの"で彼のことが自然に思い浮かんでくる。ラグナ、見た目も性格もカッコいいもんなぁ。。FF7のザックスにも似てるけど、哀愁を帯びた大人の雰囲気はラグナ特有。

 

ジュリアはラグナがいつ戻ってくるのか、生きてるのかすら分からない状態でカーウェイ大佐と結婚して、リノアを産んだ後もラグナのことを想い続けていたのかもしれない。

また、ラグナもこの曲を聞くと実は両想いだったジュリアの気持ちに離れなければ良かったと後悔したり、もう過去のことだと諦めようとしたり複雑な境地だったろうと想像できる。

20年前には、大人な恋愛模様の雰囲気だけで深く理解していなかったけど、再プレイしていなかったら味わえない感覚だった訳だからやってみて良かったなと思う。

 

ラグナはジュリアにしてもレインにしても、愛した人と意に介さない別れ方ばかりで不運としか言いようがないのだけれど、レインの忘れ形見であるスコールが目の前に現れて心の安定が取れたんじゃないだろうか。

そして、それが孤独の中に身を置こうとして生きてきたスコールにとっても、同じ作用になることだろう。

(スコールがラグナが父親であることを知る展開が来るかはエンディングまでには語られていないけど。ラグナもスコールと色々話したいと言っていたり、またエルオーネやキロス達と再会すれば自ずと知ることになってもおかしくない雰囲気だった)

 

スコールの心情も、昔に比べてよく理解できるようになっていた。

リノアが意識を失うところから、急にリノアラブになってしまうのに違和感を感じていたけど、よくゲームのシナリオを見ていくと、リノアの気持ちを先読み出来るようになっていたり、人に対して序盤より優しくなっていたり少しばかりだけど心を開けるようになっていた。

 

あとは、指輪のくだりの直前では、リノアが崖から落ちて死にそうな場面で、スコールがリーダーとしての指揮を優先させるかリノアを取るかで迷いながらも、リノアを救うことができた。その時に、リノアを助けることができて、生きていてくれて本当に良かったと、自分の心からの感情に気づいたんじゃないかと思う。

そして、その直後にイデアとの戦いがあり、リノアは意識を失って全く起き上がりも話すこともしなくなってしまう。そこで、先の気づいた自分の感情が爆発してしまい、リノアを背負ってエスタまで行ってエルオーネの力で過去を変えようとするなど、これまでのスコールでは考えられないような行動を取るに至った。

(2人をくっつけようとする意図は要所要所で感じてしまうのは否めないけど、リノアに執着するようになったポイントを挙げるとしたらそこかなと)

 

序盤の子どもの頃のトラウマから人を信じられなくなったり、関わるのが恐くて孤独を選んできたスコールが、自ら人と関わろうとしたり、仲間を思いやるようになったり、今みるとスコールの成長を感じられて微笑ましい^^

 

そして、最近話題になってるリノアル説、、昔の考察サイトを見ていると元々言っている人もいたり、自分もよくよく考えていくとこれは正しいことのように思えてきている。こちらについては、また次回書いていきたい。